ポロロッカの卵

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ポロロッカの卵

新たな視点から物事を見つめ直す新感覚横丁人情ブログ

ポロロッカの卵

【今週のお題で】第二回五十音であいうえお作文選手権

今週のお題 幼き頃

スポンサーリンク

今週のお題「何して遊んだ?」


こんにちは。

インドア派のポロロッカです。




ひとつのお題に対して色んな人が色んな観点から記事を書くというのはおもしろいですね。久しぶりにやります、今週のお題


今週のお題「何して遊んだ?」

広義でとれば「子どもの頃に何に興じた?」という意味ですが、狭義だと「先週末は何した?」ぐらいのニュアンスになります。

僕は「幼き頃の話」をしようと思います。


でもただ僕の子ども時代をつらつらと書いても面白くないと思うので、五十音のあいうえお作文で書きたいと思います。



題して、
第二回五十音であいうえお作文選手権〜


(第一回はこちら↓)


ルールは簡単。
あ から始まって ん で終わる、濁音・半濁音・拗音を抜いた全46文字46個の文で「幼き頃」について語ります。スタートです。




幼き頃の話



アウトドア派ではなかった。




インドア派だった。




うちにこもって、僕はよく1人遊びに興じていた。




エネルギーの有り余っている子どもはみな、「風の子」というよくわからない戸籍に登録される。




おいらはそれが苦手だった。




活発な近所の子ども達と仲が悪かったわけでもなく、僕は家の中で遊ぶことがただ純粋に好きだった。




きっかけは「つくってあそぼ」だったか「ピタゴラスイッチ」だったかは定かではないが、そういった体よりも頭を使う番組を食い入るように観ていたのは鮮明に覚えている。




久米宏が司会を務めた「ニュースステーション」の最終回の放送も鮮明に覚えているが、それは関係のない話だ。




研究熱心だったのはこの頃からだったのだろう。




工作1つにしても、知り得た情報から全ての仕組みをしっかり理解した上で次の創作に役立てていた。




算数や理科が得意になった原因はここにあるのではないか、と今の僕は考える。




雌雄で理系の人数にこれほどの差が生まれるのは、女性より男性の方が「空間認識能力」に長けているからだ、と一般に言われているのをご存知だろうか。




スッと説明すると、「空間認識能力」とは、物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識する能力のことである。




性差が著しく現れることで有名なこの能力だが、性差だけではなく、これは幼き頃に「そうぞうりょく」をいかほど使ったか、が深く影響する能力だという持論を僕は持っている。




「そうぞうりょく」とは「想像力」と「創造力」を掛け合わせた造語だ。




たくさんの工作を創作するうちに、僕の「そうぞうりょく」はみるみるうちに鍛えられていったのだろう。




知育玩具で子どものその能力を鍛える、なんて方法も世にはたくさんあるが、そんな他人まかせはせず、自分の頭を捻って工作をする方が「そうぞうりょく」の鍛え方としては有効だろう。




「作る」だけの幼少時代では少し素っ気ないので、それ以外何をして遊んでいたかを紹介したい。




鉄道のオモチャ「プラレール」派ではなかった。




トミカ」派だった。




「なにが違うのだ?」と思った方がたくさんいることだろう。




似てはいるが、「プラレール」と「トミカ」には大きな違いがある。




「布」と「紙」ぐらい違う。




「粘土」と「彫刻」ぐらい違う。




「乗り物」という共通点を持つこの二者は、「平面的な広がり」を持つオモチャか「空間的な広がり」を持つオモチャかに大別される。




(ハイペースで進化を続けるオモチャ業界の今の姿は知らないので、ここからの議論は全て僕の幼き頃の常識を元に考えさせていただく。)




「広がり」とはつまり、「そうぞうりょく」をどれほど展開できるか、ということを表している。




プラレールは、「線路」の組み立て方により走るルートが変わる、という遊び方ができる。




「平面的」とはつまりこのような、「組み立てたらそれで終わりの、一通りの遊び方しかできない」ということを表している。




「骨組み」しかない、と捉えることもできる。




またその一方で、線路を組み立てたらモーター付きのプラレールを走らせるという楽しみ方もあり、それがプラレールのおもしろい点だ。




道を作るだけがプラレールだと言ったが、それに対してトミカには「町を作る」という遊び方がある。




「村を作る」と言ってもいいかもしれないがそれは正直どちらでも良い。




明解すると、トミカには「道」の他に「建物」や「木」というようなパーツが用意されているので、それらを組み合わせて通称「トミカタウン」を作る、という遊び方だ。




もちろんその情景の中においてトミカは静止しているので、プラレールのように「作った後にそこを走らせてみよう」なんて事は出来ないが、「その情景そのものを作る」という楽しみ方はまさに「そうぞうりょく」を「空間的に」展開できる遊び方ではないだろうか。




やっと僕の話に戻るが、そんなわけで幼き頃の僕は「プラレール」派ではなく「トミカ」派だった。




夢のような町の情景を「想像」し、それをいろんなパーツや車を使って「創造」していた。




4WDのラジコンでも再現できない情景を再現可能にしたのは、モーターすら入っていないトミカだったというわけである。




ラジコンは、正直ほしかった。




リモコンで操作するタイプの奴がほしかった。




ルソンの壺的発想でトミカを持ち上げたが、やはり動かないのは寂しかった。




レールの上だけの人生を歩むプラレールなんかよりももっともっと魅力のあるラジコン。




ロッテリアやわ、トミカとかプラレールマクドとしたらラジコンはロッテリアやわ。




我が子には買ってあげよう、ラジコン。




をしまい。




っ、んっ(チャン、チャン のリズム)。









↓第一回も読んでネ↓



↑読者登録はコチラ


にほんブログ村 大学生日記ブログへ

↑おもしろいブログをお探しの人はコチラ